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東京高等裁判所 昭和49年(う)751号 判決 1975年9月04日

控訴人 被告人

被告人 渋谷正行 外一名

弁護人 川端和治 外一名

検察官 西村常治

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は被告人らの弁護人葉山水樹、同川端和治共同名義の控訴趣意書に記載してあるとおりであり、これに対する答弁は東京高等検察庁検事西村常治名義の答弁書に記載のとおりであるから、いずれもこれらを引用し、これに対して当裁判所は、次のとおり判断する。

控訴趣意第一点、事実誤認の主張について

所論は、本件暴力行為等処罰ニ関スル法律違反の事実を認定した原判決には、以下(一)ないし(八)のとおり、判決に影響を及ぼすべき明らかな事実誤認があると主張する。

そこで、以下所論の順序に従つて、当裁判所の判断を示すこととする。

所論(一)について検討する。所論は原審における証人長田悳子及び被告人長田昌次郎の各供述によれば、被告人長田が東京地方裁判所玄関前に到着したのは午前九時三五分から四〇分の間であることが明らかであるにもかかわらず、原判決は被告人長田が午前九時一〇分ころから右玄関前において奥堂洋らに暴行を加えたと認定したのは、事実誤認であると主張する。しかし、原判決を正読すれば、原判決は被告人長田らが味岡亨らと共に、昭和四六年三月四日午前九時一〇分ころから同午前九時五〇分ころまでの間、東京地方裁判所正面玄関前傍聴券交付場所付近において、奥堂洋らの公判傍聴を阻止しようと考え、相次いで原判示のような暴行を加えたことを認定しているのであつて、被告人長田が奥堂洋らに対し暴行に及んだ時間を午前九時一〇分ころからと特定しているわけのものではないことは明らかである。しかして原審記録を精査するに、原審において被害者である証人奥堂洋は、同人が被告人長田から話しかけられ暴行を受けたのは午前九時二〇分ころから四、五分ころの間である旨供述(原審記録一冊一七二丁以下。以下主要な丁数の初めの丁数のみを記録する。)しており、また同証人当木進は、同人が被告人長田から暴行を加えられたのは午前九時四〇分ころであり、それ以前に奥堂洋が被告人長田から暴行を受けた旨供述(二冊四一一丁)しているところに徴し、奥堂洋及び当木進らが被告人長田から暴行を加えられたのは午前九時二〇分ころから同四〇分ころまでの間とみるのが相当である。所論のとおり原審において被告人長田は、同人が裁判所玄関前に到着したのは午前九時三五分から四〇分の間であつた旨供述(五冊一五二四丁)しているが、本件暴力事犯は被告人両名及び味岡亨ら数名の者が奥堂洋ら数名の者に対し数十分の間断続的に暴力行為に出でたものであつて、その事案の経緯、態様に徴し、関係者間に犯行時間に関し記憶違い等による若干の差異があることは蓋しやむを得ないものがあるとみられるのみならず、仮りに所論のとおりとしても、奥堂及び当木が被告人長田から原判示の各暴行を受けたことは、後記所論(二)及び(四)において説示のとおり間違いないところと認められるから、被告人長田の右暴行が午前九時五〇分ころまでの間に存在したと認定した原判決に格別支障があるものとは考えられない。所論にかんがみ更に記録全体を調査し、関係証拠を検討しても、原判決には所論の証拠の評価を誤つたものがあるとも事実誤認があるものとも認められない。論旨は採用できない。

所論(二)について検討する。所論は、原判決は、被告人長田が奥堂洋に対し判示暴行の所為(原判決二丁表四行目以下)に出でたことを認定しているが、しかし第一に奥堂が被告人長田から暴行を受けたという午後九時一〇分ころから一五分の間には、同被告人は現場にいなかつた、第二に被告人長田の奥堂に対する暴行の事実はないから、原判決の右認定には事実誤認があると主張する。そこで考察するに、右第一の点については前記所論(一)について判断したとおりであるから、この点に関する所論は採用し得ない。右第二の点につき、原審記録を精査するに、原判決が挙げている各証拠、殊に原審における証人奥堂洋(一冊一七〇丁裏)、同証人当木進(二冊四一九丁裏)の各供述によれば、被告人長田は奥堂洋に対し、始めはもの静かな口調で「貴方は何しに来たのか」と尋ねたが、奥堂が黙つていたところ、次第に語気を荒げ「何しに来たんだ、早く帰れ」などと言いながら、奥堂の左上腕部を手荒く掴んで数回前後に引いたり押したりしたので、同人は背にしていた壁ガラスにぶつかつたことが認められ、原判示の被告人長田の奥堂に対する暴行の事実を認定するに十分であつて、所論に徴し記録を調査しても、右各供述は、原判決の認定する範囲において、その信用性にいずれも欠けるものがあるとは考えられないし、また原審における証人萩原猛(四冊一二一一丁、一二二〇丁)、同証人荒川翠(三冊一〇七〇丁裏)、同証人川田勤(一冊三二一丁)の各供述を仔細に吟味しても、以上認定をくつがえすに足りるものとは認められず、その他記録全体を検討しても右認定を左右し得る証拠は見あたらない。原判決には所論第二の事実誤認はなく、この点に関する論旨も採用し得ない。

所論(三)について検討する。所論は、原判決は、被告人渋谷が「他二名の者と『何しに来た帰れ』などと言いながら右奥堂を列から引離そうとしてその両上腕部を掴んで強く引張りあるいは押し付けるなどし、同人が『乱暴すると許さんぞ』と抗議するや『暴力とは何だ』と猛烈な勢いで同人を列から二、三メートル引張り出した」(原判決二丁表九行目以下)旨を認定しているが、しかし被告人渋谷の奥堂洋に対するかかる暴行の事実は存在しないから、原判決の右認定には事実誤認があると主張する。そこで、原審記録を精査するに、原判決が挙示している各証拠、特に原審における証人奥堂洋(一冊一七三丁)の供述によれば、原判示のとおり被告人渋谷が奥堂に対し暴行の各所為に及んだことを十分に認めることができるのであつて、所論にかんがみ記録を調査しても、右供述は、原判決の認める限度において、その信用性に疑いをはさむものがあるとは考えられないし、所論の指摘する原審における証人萩原猛(四冊一二一一丁、一二二〇丁)、同証人荒川翠(三冊一〇七〇丁裏)、同川田勤(一冊二六〇丁、三三一丁、三四五丁裏)、同被告人渋谷正行(四冊一三九五丁)の各供述を精査しても、以上認定を動かすことはできず、その外記録全部を検討しても右認定を左右し得る証拠を見出すことはできない。原判決には所論(三)の事実誤認はない。論旨は採用することができない。

所論(四)について検討する。所論は、原判決は、被告人長田が当木進に対し判示暴行の所為(原判決二丁表最終行以下)に及んだことを認定しているが、しかし第一に当木が被告人長田から暴行を受けたという時間には、同被告人は現場にいなかつた、第二に被告人長田は当木に対し判示暴行をしたことはないから、原判決の右認定には事実誤認があると主張する。そこで審究するに、右第一の点については前記所論(一)について判断したとおりであるから、この点に関する論旨は採用の限りでない。右第二の点につき、原審記録を精査するに、所論に添う原審における証人籔下祐良(四冊一一七六丁裏)、同証人伊藤祥二(四冊一二三八丁裏)、同荒川翠(三冊一〇七六丁、一〇七九丁、一〇九一丁)、同被告人渋谷正行(四冊一四四二丁裏)、同被告人長田昌次郎(五冊一五二四丁)の各供述は、原判決が証拠として示している証人当木進(二冊四一一丁)、同奥堂洋(一冊一七二丁裏)の各供述に比照して採用できないところであり、却つて右各供述によれば、当木進は被告人長田から両手拳で胃のあたりをこずかれたのであるが、大体左手拳で胃のあたりを、右手拳で左脇腹を断続的に突かれ、最後に強く胃のあたりを突かれ、また前かがみになつた右当木はその前額部に一回頭突きを加えられたことが認められ、原判示の被告人長田の当木に対する暴行の事実を優に認定できるのであつて、右各供述は十分信用性があるものと考えられ、その他記録全体を検討しても、以上認定を左右するに足りる資料を見出し得ない。原判決には所論第二の事実誤認はなく、この点に関する論旨も採用の限りでない。

所論(五)について検討する。所論は、原判決は、被告人渋谷が「川田のコートの衿を掴んで四、五回前後に引いたり押したりし、あるいは手拳で二〇回にわたり同人の胸部を『おれの質問に答えろ』と一言言つては強く突く行為を繰返し、またコートの衿を掴んで列から二、三メートル引張り出すなどした」(原判決二丁裏五行目以下)旨を認定しているが、しかし被告人渋谷が川田勤に対しかかる暴行を働いたことはないから、原判決の右事実認定には事実誤認があると主張する。そこで、原審記録を精査するに、原判決が掲記する各証拠、とりわけ原審における証人川田勤の供述(一冊二六六丁裏)によれば、被告人渋谷の川田勤に対する前記原判示の暴行の所為の総てを十分認め得るのであつて、右認定に反する原審における証人萩原猛(四冊一二一三丁)、同証人荒川翠(三冊一〇六八丁)、同被告人渋谷正行(四冊一三九六丁)の各供述はいずれも採用し難く、同証人味岡亨(三冊九一九丁、一〇四五丁)をもつても右認定を動かすことはできない。所論にかんがみ記録を更に調査し、原審における証人当木進(二冊四〇一丁)、同証人米田喜一(二冊六七八丁、三冊七二六丁)、同証人竹尾新吾(二冊五五四丁、六一六丁)、同証人神山啓二(二冊八〇九丁)の各供述並びに同証人川田勤(一冊二四六丁)の供述の全体を相互に比較検討するに、所論のとおりその間に相違や矛盾が存するが、かかる程度のそごは、当時の雰囲気と情勢に徴すれば無理からぬものがあるというべく、これをもつて直ちに前掲証人川田勤の供述全体の信用性を否定する資料となすに足りないし、また所論のとおり同証人が被告人渋谷から受けた暴行の詳細につき記憶していない旨供述(一冊二六九丁、二七〇丁裏、三三四丁、三三六丁、三三九丁ないし三四一丁、三七〇丁)しているからといつて、これをもつて右供述全部の信用性に消長をきたすほどのものではないと考えられる。所論は更に、川田証人が被告人渋谷の「実際口でだけしか言われなかつたじゃないの」との問に対し「そのとおりですね」(一冊三七七丁裏)と答えている点を取り上げているが、同証人は続いて被告人渋谷の「ほとんど口で言われたのが主だつたわけでしよう」との問に対し「そうじやないですよ」(三七八丁)と答えて、これを否定しているのであつて、これに同証人の供述全体を正読すれば、川田勤が被告人渋谷から原判示の暴行を受けたことは明らかで、同証人の供述は原判決認定の範囲において、その信用性に欠けるところはなく、その他記録全部を検討しても、叙上認定を動かすに足りる資料は発見できない。原判決には所論(五)の事実誤認はない。論旨は採用するによしがない。

所論(六)について検討する。原判決は、被告人長田が「川田のコートの衿を掴んで押し、あるいは膝頭で同人の足を突き、押し問答の末他の二名の者と列から三、四メートル引張り出した」(原判決二丁裏一二行目以下)旨を認定しているが、しかし被告人長田が川田勤に対しかかる暴行に及んだことはないから、原判決の右事実認定には事実誤認があると主張する。そこで、原審記録を精査し、原判決が証拠として掲げる原審における証人川田勤(一冊二八四丁)、同証人竹尾新吾(二冊五六八丁)、同証人米田喜一(二冊六八七丁)の各供述を総合すれば、被告人長田が川田勤に対し「お前刑事じやないか」などと言つて、同人のコートの衿をわし掴みにして押し、また「刑事なら手帳をもつているだろうから手帳を見せろ」と言い、川田が「俺は刑事じやない」と答えるなどの押し問答の末、他の二名の者とともに、川田を列から三、四メートル引張り出したことを明らかに認めることができる。所論のとおり、証人川田勤が「コートのえりを両手でつかまれたのか片手か覚えていない」(一冊二八五丁裏)、「一緒に引つぱつた人が左腕を引つぱつたのか右腕を引つぱつたのか覚えていない」(二八五丁裏)、「両腕を引かれたのか片腕か覚えていない」(一冊三五四丁裏)と供述し、これらの点につき精細に記憶していないからといつて、当時の状況に照らし無理からぬものがあり、これをもつて同証人の前記供述の信用性にいささかの影響を及ぼすものではないと考えられ、また同証人が「長田に乱暴されたというのは引つ張り出されたということである」(一冊三五八丁)との供述は、同証人の供述全部を正読すれば、所論のように同人が被告人長田から衿を掴まれて押されたことまで否定する趣旨のものではなく、むしろこれを踏まえてこのような乱暴を受けた結果列から引つ張り出された趣旨のものであることを容易に看取することができる。なお、所論のとおり証人川田勤は「長田以外に引つぱつた人が二人か一人かはつきりしない」(一冊三五四丁裏)と供述する個所もあるが、しかしそれとともに「被告人長田ほか二名のものに引つぱられた」(二八六丁裏、二八七丁、同裏)旨供述する個所も存在するのであつて、これら供述全体を総合して考察すれば、原判示のとおり川田勤は被告人長田ほか二名の者に列から引張り出されたと認定するのが相当である。しかして、以上認定に反する原審における証人籔下祐良(三冊一一二七丁、一一七四丁)、同証人伊藤祥二(四冊一二〇三丁)、同被告人長田昌次郎(四冊一四八二丁、五冊一五一二丁)の各供述はいずれも採用できず、その他の証拠全部を合わせ検討しても、叙上認定を左右するに足りる資料を見出し得ない。

ところで、原審における証人川田勤の供述を仔細に審究するに、同証人は原判決が認定する「被告人長田が膝頭で川田の足を突いた」との点を明らかに否定する旨供述(一冊三六一丁)しており、右供述は信用し得るものと考えられる。もつとも原審における証人竹尾新吾は、被告人長田が足の膝頭をもつて川田の足をこずいていた旨供述(二冊五六九丁)しているが、右供述は前掲証人川田勤の供述に対比して採用できず、その他記録全体を調査しても、これを確認するに足りる証拠はない。そうすると、原判決には右の点において事実誤認があることになるが、これを除いても、暴力行為等処罰ニ関スル法律違反の罪の成立には変りはないし、また刑の量定に影響を及ぼすほどのものとは認められないから、結局右事実誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかなものとはいえない。

以上のとおりで、所論(六)についての論旨はいずれも結局排斥するの外はない。

所論(七)について検討する。所論は、原判決は、被告人渋谷が「竹尾の肩を手指で突きながら、同所から約五メートル離れた同裁判所正面玄関前の石柱のところまで押して行つた」(原判決三丁表三行目以下)旨を認定しているが、しかし被告人渋谷が竹尾新吾に対しかかる暴行をなしたことはないから、原判決の右事実認定には事実誤認があると主張する。そこで、原審記録を精査するに、原判決が挙示する各証拠、なかんずく原審における証人竹尾新吾の供述(二冊五六五丁)によれば、被告人渋谷の竹尾新吾に対する原判示の右暴行の事実を十分に認め得るのであつて、所論にかんがみ更に同証人の供述全体を仔細に検討しても、同人が被告人渋谷から右暴行を受けたことは明らかであつて、同人が自ら前記玄関前の石柱まで退つたものとは考えられない。所論が指摘する原審における証人籔下祐良(三冊一一三二丁)、同証人米田喜一(二冊七八二丁)、同被告人渋谷正行(四冊一四一六丁裏)の各供述を斟酌しても、以上認定を左右するに足りず、その他記録全部を調査しても、これを動かし得る証拠を見出すことはできない。原判決には所論(七)の事実誤認はない。論旨は排斥せざるを得ない。

所論(八)について検討する。所論は、原判決は、被告人渋谷が「奥堂に対し同人の両上腕を掴んで列から引張り出し、他一名の者と同所から約五メートル離れた同裁判所正面玄関前車寄せに駐車中の車輛に押し付け人指指の上に中指を乗せるような格好で胸、腹部を突くなどした」(原判決三丁表五行目以下)旨を認定しているが、しかし被告人渋谷が奥堂洋に対しかかる暴行に出でたことはないから、原判決の右事実認定には事実誤認があると主張する。そこで、原審記録を精査するに、原判決が挙げる各証拠、特に原審における証人奥堂洋の供述(一冊一七五丁、二〇五丁)によれば、被告人渋谷の奥堂洋に対する前記原判示の暴行の所為の総てを優に認めることができるのであつて、所論に徴し記録を調査するに、右供述の信用性はこれを肯認することができるものと考えられ、以上認定に反する原審における証人伊藤祥二(四冊一二四五丁)、同証人辻玲子(三冊一一一一丁)、同証人当木進(二冊四一五丁、四七二丁)、同被告人渋谷正行(四冊一四四三丁)の各供述は採用し難く、その他記録全体を検討してもこれをくつがえすに足りる資料は見あたらない。原判決には所論(八)の事実誤認はない。論旨はこれを排斥する。

以上説示のとおりであつて、更に当審における事実取調の結果を十分斟酌しても、原判決には所論のような証拠の取捨選択を誤つたことも事実誤認の違法が存するとも認められないから、論旨はいずれも理由がない。

控訴趣意第二点、違法性に関する判断の誤り等の主張について

所論は、原判決は、本件背景事実に関して事実を誤認し、法廷の公開に関して法令の解釈を誤り、ひいて被告人らの所為を可罰的違法性を有する暴行であると認定した違法をおかしたものであるから、破棄は免れないと主張する。

所論はまず、原判決は法令の適用の項において、犯情を説示するにあたり、(一)、「桑原裕が更新期間の経過とともに解雇された」(原判決四丁裏七行目以下)、(二)「NET全労働斗争委員会(NET全労斗と略称)が昭和四五年三月一九日外部組織と連携し桑原解雇粉砕全都共斗会議のもとにNET社屋に抗議行動を起した」(同四丁裏九行目以下)と認定したことは、いずれも事実誤認である、というのである。そこで所論(一)の当否について検討するに、原審における証人桑原裕(三冊八九九丁裏)、同証人味岡亨(三冊九二四丁裏)、同証人長谷川直樹(四冊一三一五丁)の各供述によれば、株式会社日本教育テレビは桑原裕を勤務成績不良との理由で解雇したことが窺われるものの、記録全部を調査しても、原判示のように更新期間の満了とともに解雇されたことを確認するに足りる証拠はないから、この点において原判決には事実誤認があることになるが、しかしこの点を除外しても、被告人らが桑原裕に対する解雇の撤回を求めて斗争を行つてきたことには変りはなく、量刑上も影響を与えるほどのものではないと認められるから、判決に影響を及ぼすものではない。所論(二)の当否について検討するに、原審における証人竹尾新吾(一冊五八二丁)、同証人桑原裕(三冊九一〇丁)、同証人味岡亨(三冊九九三丁)、同証人萩原猛(四冊一二二一丁)、同証人長谷川直樹(四冊一三〇一丁)、同被告人渋谷正行(四冊一三四四丁)の各供述を総合すれば、所論のようにNET全労斗が無関係であつたとは認められず、原判決の右(二)の事実認定に格別誤りがあるものとは考えられない。結局論旨はいずれも理由がない。

所論は次に、法廷の公開に関する原判決の判断は憲法、刑訴法の解釈を誤つたものであるというが、本件は公判傍聴のためNET社員奥堂洋らが傍聴券の交付を求めるため平穏かつ公然と裁判所正面玄関前の傍聴券交付場所に並んでいたのに対し、被告人らがその傍聴を妨害する意図で原判示の暴行を相次いで加えたものであつて、奥堂らがNETの管理者であつたとしても、かかる暴力をもつて公判の傍聴を妨害することの許されないことはいうまでもなく、この点に関し原判決の判示するところ(原判決五丁表一行目以下)は相当であつて、所論は独自の理論であつて採用できないから、この点において既に失当であり、もとより原判決の判断は憲法、刑訴法に違反するものではない。論旨は理由がない。

所論は更に、本件は説得行為に伴う社会的相当行為であつて、目的の正当性と相まつて可罰的違法性を欠くというのであるが、しかし本件のように暴力という手段、方法により自由であるべき公判傍聴を実力をもつて妨害することが許容される道理はなく、被告人らの所為は社会的相当性を甚だしく逸脱し、また目的においても到底正当なものとは言い得ないのであつて、所論のように可罰的違法性を欠くものとは決して考えられない。論旨は理由がない。

控訴趣意第三点、法令の解釈適用の誤りの主張について

よつて考えるに、原判決の暴力行為等処罰ニ関スル法律一条にいう「数人共同して」の解釈に関する説示は、当裁判所においてもこれを相当として是認することができる。即ち本件のように数名の者が共同実行の意思を共通にし、同一の機会に同一の場所において一体的に数名の者に対し暴行を加えた場合には、その間に加害者数名のうちの一名が被害者数名のうちの一名に対してのみ、それぞれ暴力行為に出でた場合を含んでいたとしても、この各自の暴行行為はいずれも前示のとおり右態様における他の現実の共同の暴力行為と同一の機会、同一の場所において、これと明かに分離されることなく、一体的に行われているのであつて、単純犯あるいは同時犯とはおのずから異なるものがあり、また相手方に対する威圧感にしても、社会不安を引き起こす形態にしても格段の差異があることなどにかんがみれば、かかる場合には暴力行為に出でた者をも含めて数人全員が被害者全員に対して「数人共同して」暴行の罪を犯したものと解するのが相当である。所論引用の判例はいずれも事案を異にするもので、本件には適切ではない。原判決には所論の点に関し法令の解釈適用の誤りはない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 矢崎憲正 裁判官 大澤博 裁判官 本郷元)

弁護人川端和治外一名の控訴趣意

一、(一)~(三)<省略>

(四) 被告人長田の当木に対する暴行の不存在

原判決が認定するような被告人長田の当木に対する暴行が存在しなかつたことは、第一に、当木証人は、組合の執行部が傍聴に来る前に暴行されたと証言するが、被告人長田にはこの時間のアリバイが存在すること、第二に、時間の点が当木証人の思い違いとしても、荒川証人、籔下証人、伊藤証人の各証言及び被告人渋谷、同長田の公判廷における供述によつて以下の事実が認められることから明らかである。

午前九時三五分ないし四〇分に現場に到着した長田被告は、列の先頭部分に知り合いの萩原証人、荒川証人、籔下証人がいたので、その人達の後に出来ていた二メートル位の新聞を敷き紙包みをおいた空間に、持つて来た風呂敷包みを置いて新聞を読んでいた。その後、列の後方で渋谷被告や江田氏がNETの労組執行委員と論争しているのに気付き、そのそばへ行つて三分位その論争を聞いていた。その後再び列の前部にもどり、萩原証人、荒川証人にあいさつし、荒川証人から全労斗ニユースをもらつて読んでいた。

読み終つた後、長田被告の後方にいた奥堂たちNETの職制が私服刑事に見えたので詰問してみようと考え、まず奥堂証人に「あなたはどちらの人ですか」と何度か尋ねた。「この裁判は労働者の弾圧された事件の裁判だから、被告の立場に立つて裁判にくるならいいけれども、私服や職制だつたらどういう意味でくるか納得できない。くることはおかしいじやないか。労働者が弾圧されているのに興味があるというのでくるのはけしからぬことである。NETの労働者が三人解雇されたが、団交しないのはどうしたことだ。どうして解雇したんだ。解雇しておきながら裁判にくるのはどういうことなんだ」と追及した。この間長田被告は風呂敷包みを両手でかかえたり、あるいはわきにかかえて手をオーバーのポケツトに入れたりしていた。体は接近していたが触れることはなかつた。奥堂証人の腕や手をつかんだり押したりということはなかつた。長田被告がこのように抗議や追及をしていたのは五分位のものであったが、そのとき二人位の人が来て奥堂証人に話しかけはじめたので、長田被告は奥堂の次にいた当木証人の方に、「あなたはどちらから来た人ですか。あなたはどういう人ですか」と話しかけた。その際のやりとりは、三分間ほどで内容は奥堂証人との間のものとほとんど同じであつた。この時、長田被告は、奥堂証人と当木証人の間があいていたのでそこへ入つたため、意識的なものではなかつたが触れた可能性はあつた。長田被告が当木証人を詰問している際中に、その隣りの三番目の人が「もう答える必要はない」と口をはさんだので、この人にも長田被告は「職制か私服か。どういう立場できているのか」と一分間ほどやりとりしたが、傍聴券の配布がはじまつたため中断し、再び列の前方へ戻つた。

籔下証人は、この間の長田被告の行為をそばで見ていたが、その状況について「首を切つたことの不当性や裁判所に来る意義とかいつた内容の話をしていた。来たということに詰問調だつた。殴つたとか手を出してついたとかいうのは見ていない。手をある程度動かしたか、何かをやるという形では全然目撃していない。つかまえてどうということは見ていない。それほど強い印象もない」と証言しており、長田被告の供述を裏付けている。伊藤証人も、「長田被告は、職制の一人目か二人目の人間と、あなたはどこの人ですかというようなことを話していた。相手は一切答えなかつた。長田被告は風呂敷包みを両腕で胸にかかえていた。私服の公安じやないかというような追及をしていた時は、ちよつと声が高かつた。こぶしを握つて相手の体と接触したり、体あたりすることはなかつた。コートのえりをぐつと強く握つてわしづかみにしたようなことは見ていない」と証言して、同様に、暴行の事実は存在しなかつたことを裏付けている。

また、渋谷被告は味岡証人と別れた後、長田被告が奥堂証人に話しかけているのに気付いたのであるが、渋谷被告は目撃した事実について、「どういう立場であなたはここに来ているのかというようなことを質問していた。体の方を接触させるということはなかつた。長田被告は少しねこ背になつたような形で、何か手に持つていたような感じでしやべつていた」と供述しており、同じく、長田被告の供述を裏付けているのである。

原判決はこれらの証拠を無視して、当木証人の証言のみを採用したものであるが、当木証人の証言に信憑性のないことは前述のとおりであるし、かつこの「暴行」に関する当木証人の証言はきわめて不合理な内容を含んでおり、信用できないことは明らかである。当木証人は一七二センチの長身であるのに対し、長田被告人は比較的小柄であつて、長田被告がサツカーにおけるヘツデイングシユートよろしく、飛びあがつて空中で頭突きをするのでなければ、額と額とをぶつからせることは不可能であるし、長田被告が飛びあがつていないことは当木証人も認めている。当木証人もこのことに気付いたとみえて、「腹を少し強くこぶしでこづかれたとき後がガラスの壁で下がれなかつたので体が少し前に曲つたところを頭突きされた」と証言した。しかし、こづかれた程度であれば、体が壁にぶつかつても、その反動で前に出てくることなどなく、壁のところでよりかかるかつこうでとまつていることは、少し実験してみれば明らかである。また、人間の体が前に倒れるときは腰の関節を中心として曲るのであるから、腹部を押されると、むしろ前に体を曲げることは困離になるはずであつて、反動で曲ることなどありえない。腹部を強打されて呼吸困難になるほど苦しいため体を前にかがめるという状況でなかつたことは当木証人自身が認めるところである。強打された、とまで言うのはさすがにはばかられたのであろうが、そのため、当木証人のこの点に関する証言は全体としてまつたく合理性を欠き、経験則に反する結果になつている。また、長田被告はメガネを常用していたので、額で頭突きすることは自分自身の方に被害を及ぼす恐れがあることは明らかであり、「頭突き」という暴行の態様自体が不自然である。しかも当木証人は、偶然ぶつかつたのではなく長田被告が故意に頭突きをしたという根拠としては、ただ「強かつた。痛さが全然ちがう」としか証言しておらず故意を推測させる長田被告の何らかの言動があつたとは一言も証言していないのである。

原判決に明白な事実誤認のあることは明らかである。

(五)、(六)<省略>

(七) 被告人渋谷の竹尾に対する暴行の不存在

原判決は、被告人渋谷が「竹尾の肩を手指で突きながら、同所から約五メートル離れた同裁判所正面玄関前の石柱のところまで押して行」つたと認定しているが、米田証人、籔下証人の証言及び被告人渋谷の公判廷における供述によれば、逆に次のような事実が認められるのである。

渋谷被告は九時二〇分少し前ころ、列にもどつた川田証人の後にいた竹尾証人に「あなたマスターの職制でしよう」と声をかけた。渋谷被告が「川田氏のとき聞いたのだろうけれども、ここは不当弾圧を受けて闘つている労働者の斗いの場である。そういうところへ来るということはあなたも弾圧に加担することになる。あなたは弾圧に加担しに来たのか」と質問したのに対し、竹尾証人は「いや、私は弾圧に加担するなんて、そんな気持はない」と人が好さそうな形でいうので、渋谷被告は、もう少しじつくり話せば説得に応じるのではないか、その為には囲りに職制のいる所ではまずいだろう、と考え、少し列へ割り込むような形で「ねえ、行きましよう。行きましよう」と促したところ、竹尾証人は不承不承ながらこれに応じて柱の近くまで三~四メートル移動した。この時、はじめに列に少し割り込む形になつたとき体が少し触れたが、その後は体の接触はなく、竹尾証人は渋谷被告が前進して来る分だけ自分で後ろにさがるという形で移動したのである。米田証人も「渋谷被告が肩に手をかけて竹尾がよけようとして動かしたのか、あるいは押したのか、どちらかが力を出しているのかこれはわかりません」と証言して、渋谷被告が力を加えて動かした状況とはいえないことを認めているのである。

九時二〇分ころ裁判所に到着した籔下証人も「渋谷さんだけではなくて何人かが職制につめよるというか、接近するような形で言い合つていた。うで組みをしている人もいるし、ラフにしている人もいたけれども険悪になつているということはない」と証言している。柱のそばでは、竹尾証人はもどろうとせず四、五分間話し合いに応じたのである。

当の「被害者」である竹尾証人自身でさえも「戻るためには一応力と力の問題となるためそういう位置へいかざるをえなかつた」「接近してくるのをよけて退つた。目の前に来て、私の体にふれるという状況でじりじり押してくれば、非常に恐怖を感じる状況で退つていつた。心理的な威圧感の方が強かつた。無理に列に戻ろうとすれば力関係になることが十分に推測できる状況であつた」と証言するに止まつているのである。これは多少「暴行」の事実の存在をにおわせようという作為も感じられる証言であるが、大すじとして、竹尾証人の方で力対力の関係となるのを回避して自ら退つたことを認めていることは明らかである。

従って、この点に関する原判決の認定にも明白な誤りがある。

(八)<省略>

二、<省略>

三、暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条にいわゆる「数人共同して」の解釈の誤り

ここにいう「数人共同して」とは、二人以上の者が共同実行の意志をもつて共同して実行することを要するというのが通説(団藤、刑法綱要各論)判例(大審院昭和七年一一月一四日判決、刑集一一巻一六一一頁、最高裁第一小法廷昭和三四年五月七日判決、刑集一三巻四八九頁)である。

原判決は明らかに不当な拡張解釈を行い法令の適用を誤つたものであるから破棄を免れない。

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